企画主旨

橘川が実践している「一週間の日記」。

概要

一週間の日記論


 1978年に創刊した全面投稿雑誌ポンプには「一週間の日記」というコーナーがあった。高校生やOLやさまざまな趣味人の一週間の日記は、読んでいて、その人の生活感やリズムが伝わるものだった。僕が学生時代に愛読していた「読書新聞」には、作家や批評家、アーティストの一週間の日記コーナーがあり、これによって作品では分からない作家たちの日常生活の雰囲気が良く見えたものである。それを参考にさせてもらい、ポンプでコーナーを作った。

 現在、ネット上では、瞬間的な想いを発言するTwitter、日記的に記載するブログ(実際はTwitter的であったり月刊誌的だっりするが。僕の一週間の日記もブログのシステムを使っている)などがあるが、それぞれメリットとデメリットがあるだろう。一週間の日記の最大の特徴は、毎週、先週の自分の動きを反芻するところにある。なかなか大変な作業だが、ある時期、必要な行為でもある。僕の場合、数年続けて、疲れてやめて、最近また復活したという経緯がある。

 反芻するとは、整理するとともに、編集するということでもある。自分を編集するという行為は、情報化社会が進めば進むほど必要なスキルとなるだろう。誰かに編集してもらうアーティストではダメなのである。自分を情報メディアというステージの上で、客観的な存在として見ることの出来ない人は、潰れていく。

 一週間という区切りにどういう意味があるのか分からない。少なくともこの区切りは自然的なものではなく、人為的なものである。しかし、僕らが社会的存在である以上、週という単位は意味がある。それまで月刊誌が主流であったマンガ本の世界に、「少年マガジン」「少年サンデー」というまんが週刊誌が登場したことは画期的な出来事だった。少年の時、読んだその瞬間に、次号の発行を待ちわびる感覚を、今でも忘れていない。そして、週刊誌の時代になって、社会は急速なシステム化がはじまった。スピードオブライフである。

 僕の書き方はこうである。一週間分のスケジュール帳と、Twitterでのログを用意し、先週の月曜日から日曜日に会った人、起きた出来事などをトレースしながらまとめていく。みなさんにもおすすめしたい。

 一週間の日記は、社会的にも使い道がある。過去に、企業からの世代意識調査などで、一週間の日記を使ったことが何度かある。例えば、対象が女子大生だとしたら、さまざまなタイプの女子大生に、自分らしい期間だと思う一週間の日記を書いてもらい、その内容を分析して、どのような日常サイクルなのか、消費行動はどうなのかを分析するものである。この場合、個人調査ではないので、一人の人間の長期に渡る日記は要らない。100人程度の、多様な女子大生を一週間だけ切り取って集めた方が良い。これは、僕が開発した気分調査のバリエーションとして使っていた。定性調査の可能性は、まだたくさんあったのに、日本の企業は、残念なことに、定性的なマーケティング調査を否定する方向に走ってしまった。おざなりのネットアンケートと、POSのような統計データ主義になってしまった。もういちど、日本のマーケティング手法を復活させたいと思っている。


▼橘川の一週間の日記のアーカイブはこちら。
www.demeken.co.jp/blog/archives.html